哲学塾授業
哲学塾授業 難解書物の読み解き方 | |
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たいていの人間は哲学なんてせずに生きていけるし、手を出したところで何も面白くないんでしょうけど、中には哲学をしないと生きていけないタイプの人間もいます。そういう病気です。この病気の人が生きていくには、哲学をしないといけません。しなかったら死んでしまう。哲学すれば治るかといえば、治ることはありません。ただ生きていけるだけです。そして、羨ましいくらいにその姿は充実している。食べたりセックスしたりは、人間に生まれなくても別の動物でも出来ることですが、哲学だけは人間にしかできない。人間に生まれてしまって、しかも頭で考えることを享受してしまうと、この病いに罹ります。哲学塾は、そうした患者さんたちのクリニックです。
この本は、その診察風景です。過去の哲学者の本を読む読書会のふりをしてますが、これは薬ですね。哲学書は、過去の大病人が自分の病いのために書いた「処方箋」です。ロック、カント、ベルクソン、ニーチェ、キルケゴール、サルトル。この本で取り上げられているのは、この6人。本の一段落ずつを丁寧に読み解いていく。解説書ではありません。生徒が文意を汲み取れないとき、中島先生は、その生徒がどういう風に読み解けずにいるかを見て取って、自力で読めるようになるまで追及の手を緩めません。
実際、何が書いてあるのか分からない、直訳調の原文が提示されます。とても回りくどく見えます。でも、中島先生が着眼点を示し質問を繰り返していくと、ベルクソンならベルクソンの苦しみが見えてきます。のたうち回っています。自分から出てきた言葉に驚愕し、同意し、反論し、さらに深めようとする。そういう苦しみが見えてくると、不思議なもので、とても大事なことを描き出そうとしてるのだと分かります。「私にも同じ苦しみがある」と思い至る。
どの哲学者も読めるようになるわけではなりません。やはり、自分と同じ病いを持っている人の文章だと、すんなり心に落ちる。サルトルの『存在と無』は学生時代読みましたが、チンプンカンプンでした。でも、中島先生のこの授業で少し見えた。サルトルはずっと、心理療法の面接中に僕自身が感じていることを論理に落とそうと苦闘してる。人は、どこにいても他者のいる空間の中に閉じ込められてしまう。一人でいるときでさえ、自分に罵声を浴びせている。そこに出口があるのかどうか。こんな賢い人でも苦しんでるんだと分かると、ホッとしますね。
あと、ニーチェもすっきりしました。ニーチェがバカみたいに読みやすいのは、彼の批判精神が自分自身を対象としてないからで、自分をも視野に入れ人間社会を罵ろうとするとキルケゴールのように複雑な文章になるのも分かった。そして、この二人の苦しみは、よく分かる。腹立たしいんですよね。自分自身が腹立たしい。何もかも全部ぶち壊したくなる。こうした毒々しい部分を脱色したような哲学書がベストセラーになっても、病人である人間には腹の足しにさえなりません。中島先生は、ちゃんと毒入りのまま「フグ」を平らげようとしてる。
反対に、ジョン・ロックは分かりませんでした。これはまた、別の病気の人らしい。それなのに読めてしまう中島先生は、やはり大病人。追いつけません。
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