精神科医がものを書くとき
精神科医がものを書くとき (ちくま学芸文庫) | |
中井 久夫 筑摩書房 2009-04-08 売り上げランキング : 43207 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
バリントについても、サリヴァンについても、この「エッセイ」以上の論文は無いんじゃないだろうか。あっさりと本質を書いて、しかも詳細なデータの裏打ちがある。なんだろう、このバランス感覚は。文庫の解説で斎藤環先生が「中井先生はシステム理論に似ているけれど、それを超えていて体系化できないほど深淵」と書いてられるけれど、まったくその通りだし、まったく間違ってると思う。中井先生は単純な体系を、いろいろな分野に応用できる人なんだ。つまり「クラインの壺」を。システム療法の人たちは、システム全体を見ているようでいて、ある一点だけ抜け落ちている。それは「セラピスト自身」。後から自分自身を、患者さんを取り巻くシステムへのカンフル剤として投入するのがシステム療法なんだけど、中井先生は反対。初めから自分がそのシステムのなかにはめ込まれているのが見えている。だから、自分のちょっとした動きでシステムを動かし、患者さんの回復を援助することが出来る。きっと「関与しながらの観察」を、サリヴァンで読む以前から自分でやっておられたんじゃないかな。とても自然にそれが出来てるから、その点を理論化できない。関与者でもあるし、観察者でもある。システムの中にいながら、外にいる。それが「クラインの壺」。
あと、ポジティヴなんだろうな。positiveの原義の意味で。語幹のposit-って「置く」という意味。「神様が置いた通りにこの世を見る」というのがpositiveです。「良い/悪い」ではない。だから、中井先生が症状を扱うとき、その症状を自己治癒力のバリエーションとして見ている。どんな役割をその症状が担っているのだろう、という目で見るから、症状を消そうとはしない。むしろ症状を助けて、自己治癒力を促進する。これは治りますわ。