ワインバーグのシステム思考法

ワインバーグのシステム思考法 ソフトウェア文化を創る〈1〉
ワインバーグのシステム思考法 ソフトウェア文化を創る〈1〉G.M.ワインバーグ 大野 徇郎

共立出版 1994-07
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ジェラルド・ワインバーグはシステム療法家バージニア・サティアの後継者で、どの本も面白いんだけど、この本はどちらかと言うと理論中心で硬めの本です。ワインバーグさんの本業はシステムエンジニア。コンピュータのプログラムを作る仕事で、いろんな企業のアドバイザーも兼ねている。企業ごとの風土を観察し、問題解決に優れている思考法とは何かを考察している。マネージメントの本だとも言えるし、思考とは何かの哲学書とも言える。4巻本ですが、一冊目だけで十分目から鱗が落ちます。
人間の「考え方」には5つのレベルがあります。レベル1は「結果だけを見ている思考」。たとえば年間の犯罪率をグラフに並べて「増えた・減った」と一喜一憂する。あるいは収益を経年比較して「上がった・落ちた」と騒ぐ思考。これは、結果を見てるだけですから、それだけです。何も解決に結びつかない。すぐに精神論に飛躍します。「もっと気を引き締めるべきだ」とか「頑張って努力しよう」とか。それでは解決にならないんだけれど、翌年改善すると「この方針で良かった」と安堵し、もし悪化すると「もっと頑張れ」とゴリ押しする。自分の取った対策が有効だったかどうか反省する機会が訪れません。「これだけ言ってもなぜ変わらないんだ?!」と一人で怒って勝手にストレスを抱えて苦しむ。可哀想な私、それがレベル1。
これがレベル2になると「原因を探す思考」に変わります。一つの「結果」ではなく、複数の「結果群」が視野に入ってきます。たとえば「学力テストの順位」と「高齢者の自殺率」。これは世界的にも地域的にも「気温が低い地方ほど高くなる」という特徴がある。寒い地域では家族や社会の団結力が強く、自分自身が他の人の役に立つことを美徳としやすい。人が助け合わないと、厳しい自然に太刀打ちできないのですから当然です。「自分のため」の努力は長続きしなくても「人のため」だと人間は無理ができる。それには良い面もあれば悪い面もある。物理的に「人の役」に立てなくなったとき、自己評価の低下が著しい。自殺率が高まる原因です。
ただ、「原因を探す思考」も解決には結びつかない。「原因」には、その「原因」を引き起こす、さらに深い「原因」があるからです。「原因」の確定にかまけると、遡及的に原因追及を反復するばかりで「そうなっても仕方ない」という結論しか出ない。無駄です。そもそも「気温が低い」が原因なら、解決策は「気温を上げること」でしょうか。それは無理でしょう。
レベル3の思考は、この「原因」を複数的に考えます。「相互作用を見つけ出す思考」です。寒い地域で高齢者が全員自殺を選ぶわけではありません。むしろ、たいていの人は幸せに暮らしている。それは何が違うからか。人によって理由は違うでしょう。周囲が「経験者」に敬意を持っているからかもしれない。その人が「人の役に立つ」以外にも「自分の趣味を楽しむ」という価値観を持つからかもしれない。いろんな「要因」が重なり合って「生きることを楽しい」になっている。「結果」は、複数の因子による「現象」に過ぎません。どれか一つが「ある」とか「ない」とかでは測れない。要因の組み合わせは人それぞれで、対応も人それぞれ。
ここあたりから問題解決が可能になります。相互作用であるなら、個々の「要因」はそのままでも、今現在において介入する策は取れる。カウンセリングも、基本的にはこのレベル3で思考しています。力動や機能分析、コンステレーション、システムと言った、各種心理療法の用語はいずれも「相互作用に着目する」ということです。既に有るものを考慮に入れながら、その組み合せに手を入れていく。ブリコラージュな仕事。これで7割がたの問題は解決する。
レベル4では、この「相互作用」も複数的に扱います。単純に「良い相互作用」があるのでも「悪い相互作用」があるのでもない。「相互作用」は常に過渡的。システムが変容しつつある途中経過のスナップショットです。それだけを見て「良い/悪い」の評価は出来ない。レベル4は「プロセスを扱う思考」。結局どこに向かうことを望んでいるのか。そのビジョンをもとに現在地を振り返る考え方です。海図を取り出し、航海の道筋を見通す。すると、今起こっている「問題」は、軌道修正のための「ヒント」になります。船体を補修すべき時期が来た「信号」かもしれない。難所に差し掛かりつつある「合図」かもしれない。「問題」は隠蔽すべき悪事ではなく、現状分析の「チャンス」と捉え直される。未完成さを自覚しているからこそ、「困難」はミッションとして共有され、乗り越えていくことが集団の豊かさに繋がっていきます。
そして最後のレベル5は理想的な状態です。プロセス自体が複数化されます。ビジョンは一つではなく、目標も設定されません。今風に言うと「マインドフルな思考」。古風にいうと「Here & Now」。何しろ、レベル4まで来ていれば「問題」は問題とされない。カウンセラーが呼び出される理由がありません。これがレベル5になると、今現在において、為すべきことを為すことでメンバーが充実している。そういう「風土」になっています。「致命的な問題」は、起こる前に避けられます。経験を積んだ登山家がルートを選ぶとき、そのときそのときに微妙な修正を繰り返しながら、結果として「遭難する確率」をゼロにしている。小さな困難はあります。むしろ、その方が楽しい。その「困難」の変化を見ながら、時には大きなルート変更を行うので、危険な選択をせずに済む。複数のルートを思い描いている。数値目標を持たないので、余分な苦労を背負いこむこともなく、持てる力を生かしている。作りたいものを作っているから、アドバイザーが雇われることもない。・・・ああ、そういうところで働きたいなあ。


そんなわけで、ワインバーグさんがアドバイスを求められるのは、レベル1やレベル2の会社。そこのコンピュータ・システムの改善を求められるのだけれど、ちゃっかり経営陣の「ものの考え方」まで改善しちゃいます。一気にレベル5は無理なので、レベル1のところはレベル2に、レベル2のところはレベル3に。それだけで業務が円滑に動くようになる。もちろん、強い抵抗に遭う場合もあるけれど、そんな会社は時流に任せて潰れていただくしかない。潰れることもプロセスには必要。プロだから冷たいです。そして「自分が変わりたい」と思っている経営者には優しいです。・・・うちの病院も診てくれないかしら。