解決が問題である

解決が問題である―MRIブリーフセラピー・センターセレクション
解決が問題である―MRIブリーフセラピー・センターセレクションリチャード フィッシュ

金剛出版 2011-11
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心理学には「構造主義的心理学」と呼べる一群がある。人類学者のレヴィ=ストロースが取った手法に影響を受けている心理学。価値観を持ち込まずに異文化を観察し、そこにあるパターンを浮き上がらせることで構造分析をする。フランスでは、乳幼児の観察に応用したピアジェがそうだし、精神分析を再構築したラカンがそれに当たる。そしてアメリカでは、グレゴリー・ベイトソン。一般にバラバラに理解されている三者だが、構造主義が現れなかったら、彼らの業績もなかっただろう。
そしてこの本は、ベイトソンの許で人類学者として働き、いつしかシステム療法家として名を馳せたジョン・ウィークランドの論文集である。値段は高いが価値がある。「ブリーフ」と呼ばれながら、日本にあるような脳天気なブリーフではない。いやあ、システム療法への格付けが僕の中で三段は上がったね。文化人類学の学識を十二分に応用している。それも明晰な考察が、ここかしこに輝いている。ハーフミラー越しに面接場面を観察し、そこに起こっている相互作用を分析していく。これは「人類学者の目」でなければ出来ない。
ウィークランドの目を通して、我々が一般的に良かれと思っている解決策が、実は問題の再生産でしかなかったことが明らかになる。ADHDと診断されリタリンが処方されている青年の家族に「どれもこれも、障害のせいでしょうか」と疑問を持たせ、両親が行っていた治療的介入を減らすにつれ、青年が落ち着きを取り戻していく。もちろんADHD的な部分はあるよ。でも、全部じゃない。全部を「障害」とされる以上の不幸はない。それは統合失調症であれ、うつ病であれ、同じこと。「その方法は真っ当すぎて、うまく行かなかったでしょう」とリフレームし、相互作用を一旦白紙に戻す。その手際の良さ。7回の面接で7割解消というのも当然。それまで思ってもみなかった視点を巧みに組み込んでいるのだから。そういう意味でブリーフ・セラピーは「介入」ではないな。「解釈」なのだと思う。問題への向き合い方をリセットしたところで、大方の仕事は済んでいる。
あと、うまく行かなかった事例もきちんと取り上げてるところがフェアだ。アルコール依存に陥り、生理も止まってしまった女性の症例。どんな介入を講じても、偶発的な出来事が起こり、その対応策が無効化される。あるある。そういう面接って、ときに出くわすときがある。何か人間の意志を超えた力が働いてるんだよね。結局、生理が止まっていたのは妊娠してたからで、子供が出来たことで夫婦の力動が変わり、女性も幸せになる。もうお酒に頼る必要がなくなる。オチが分かればセラピストはピエロでしかないが、そういう状況をちゃんと一緒に喜んでるのがウィークランドの人柄かな。治すまでもなかった。
やはり、人類学者だからこのセラピーが生まれた。心理学者では無理だったね。言い訳ばかりするから。訳してくれた小森先生に感謝したくなる一冊でした。