想像するちから―チンパンジーが教えてくれた人間の心

想像するちから――チンパンジーが教えてくれた人間の心
想像するちから――チンパンジーが教えてくれた人間の心松沢 哲郎

岩波書店 2011-02-26
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京都大学霊長類研究所松沢哲郎所長が還暦を迎え、遺書がわりに後世に残す名著。チンパンジーのアイちゃんに手話を教え、その息子のアユムくんと親子同然の暮らしをし、さらにアフリカにまで行き、野生のチンパンジーたちと生活をともにした研究者。実践の人だから一言一句に無駄がない。端から端まで独創性に溢れ、しかも読みやすいです。なにより、私たち人間と同じヒト科のチンパンジーたちへの愛に満ちている。「実験対象」なんて思ってないですね。「良き隣人」としてお付き合いしている。
セラピストとして読ませていただいても、参考になることが多い。第四章の「社会性」のところも、発達障害がこれだけ重要なテーマになっていながら、この松沢先生の功績に匹敵する研究は(九大の大神先生の糸島プロジェクトを除いて)ないように思う。それも統計学を使うのではなく、個の観察を緻密にすることで社会性発達のプロセスを読み取っている。日本で育てられているチンパンジーって数が多いわけじゃないし、不自然な年齢集団だから統計は使えない。仮説があり、検証があり、それらを意識しながら日々を過ごし、小さな気づきを積み上げていく。個別が普遍に至る研究って、こういうのを指すんだよなあ。臨床の事例研究も、ここまで心砕くのじゃないと、学問として恥だわ。
人とチンパンジーの違いが「想像力」に収斂していく著書ですが、途中、自閉症に話を絡めているのは少しステレオタイプかな、と思いました。社会に流布してる「偏見」のレベルですね。でも、松沢先生はチンパンジーを劣ってると思ってるわけじゃないし、心の理論仮説のプレマック先生を直接の恩師とする先生だから、単純な「自閉症の子は共感性が低い」という話ではありません。想像力は、人間が本来持つはずの適応力を放棄し、別の進化を辿り始める契機となったもの。トレードオフで獲得した能力なわけです。希望や絶望という、幻想の世界で人間は暮らしている。リアルを捨て、バーチャルに生きることを選んだのが人間という種族。その存在は不自然です。だから、自然を破壊することもできるし、知恵を使うことで自然と共存もできる。
でも人間のバーチャルさは、その限度を超えてしまったかも知れない。リアルさを失った。動物として息苦しい環境に自らを閉じ込めている。どの自閉症も、とは思わないけれど、再びリアルさに回帰しようとする傾向が人間に生まれつつあり、それが自閉症という形に現れてるのだとしたら、これは単純に「治療すれば済む話」ではない。


・・・実はアスペルガーもカナーも、第二次大戦中に「自閉症」を発見するんだよね。アスペルガーは、ナチスによって「浄化」されそうになっていた子供たちを守るために「この子たちは治療教育を受ければ治るんです」と言わざるを得なかった。そのために出てきた診断名なんだから、「社会の息苦しさ」と関連するのは、そもそもの初めから「当然」のことでした。