境界性パーソナリティ障害

境界性パーソナリティ障害―疾患の全体像と精神療法の基礎知識
境界性パーソナリティ障害―疾患の全体像と精神療法の基礎知識小羽 俊士

みすず書房 2009-01-21
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防衛医大の小羽先生。と思ったら、今はクリニックでお勤めですか。さすが臨床家。若手精神科医の中で、飛び抜けて天才肌の分析家です。境界性人格障害(BPD)について、現在得られる最新の知識を網羅しています。
21世紀に入ってBPDの人たちの治療論に目鼻が付いてきました。一般向けの本を読むと、まるで「一生抱えていく不治の病で、周囲に迷惑をかける困った人たち」みたいなネガティブ・イメージがまき散らされてますが、そんなことないです。どちらかというと本人の傷つきやすさがメインで、そこに周囲が無理解な介入をするからこじれるのです。手順が合っていない。でも、その気持ちの揺れやすさには、きちんと付き合っていく方法があります。実証的に効果があるとされる心理療法に、弁証法的行動療法、メンタライゼーション・ベースト、転移志向療法の3つがあります。小羽先生のはこの3つを、クライエントさんに合わせ組み合わせていくアプローチを提案しています。それぞれ出自は違っても、アプローチに共通点が多い。対人関係パターンに注意が向くように誘導する技法という意味では、どれも同じ狙いを持っています。
そういうわけで、BPDの「正しい教科書」として読むのが筋ですが、この本には別の隠し味があります。ロバート・ラングスですね。コミュニカティヴ・アプローチのラングスについて、まだ日本で適切な解説書が出ていませんけど、小羽先生はその第一人者。淡々と綴られる文章の合間に「ラングス」が透けて見える。惚れ込んでますね。第6章の「治療の基本的な構造と傾聴技法」は、明示されてないものの、コミュニカティヴ・アプローチそのもの。多重に輻輳したコミュニケーション・レベルを解いていく手続きが書かれています。受け売りではなく、小羽先生自身の言葉に咀嚼してあるので、すっと違和感無く読み進めていける。
知らない人が読むと「普通のこと」が書いてあるようにしか見えないけど、これ、とても独特な立場の心理療法なんですよ。「いま・ここ」での関係性へと焦点づけていく。「子どもの頃の、母親に向けられた怒りが、いまセラピストとの関係に転移している」なんて、ヒトゴトじみた解釈は取らない。反対です。「セラピストの対応に傷ついたため、その情緒的反応が、子ども時代の母親との関係を連想させた」と捉えます。今のセラピストとの関係に焦点を当て直せば、その関係は「いま・ここ」で修復していける。過去の「親子関係」に焦点を当ててしまうと立て直しようがないけど、「今の関係」なら取り扱えるし、日常生活でもそれが使えるようになれば、周囲との関係を壊したりしなくなる。「過去の関係」に囚われてしまう情動や思考を「今の関係」に取り返す。よく出来てる心理療法だなあ、と思います。
ロバート・ラングスはもうちょっと流行っても良いのにな。